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福岡地方裁判所 昭和60年(わ)1003号 判決 1985年11月15日

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、金銭に窮した末、金銭を強取しようと企て、昭和六〇年七月二六日午後五時三五分ころ、福岡県大野城市錦町四丁目一番一号株式会社九州ニチイ大野城店南西側駐車場において、買物帰りの甲山花子(当時四二歳)が同所に駐車中の普通乗用自動車の運転席に乗り込んだのを認めるや、いきなり同車の運転席ドアーを開け、同女に対し、その右脇腹付近に所携の果物ナイフを突きつけ、「奥さん静かにしろ、あつちへ行け」と申し向けて同女を助手席側に移動させたうえ、自ら同車運転席に乗り込んで、同女に対し、「騒ぐと殺すぞ」などと申し向け、同車を発進させ、右ナイフを助手席とその上の敷物との間に柄を自己の方に向けて被告人においていつでも取り出せるように差し込んだ状態におき同車にて走行中、更に同女に対し「金を出せ」などと申し向けて同女の反抗を抑圧したところ、同女が隙を見て、同市錦町四丁目六番三一号株式会社和幸住宅前交差点を走行中徐行した同車内から、助手席ドアーを開け飛び降りて脱出したため、同車内にあつたショルダーバック内の財布から同女所有の現金二六〇〇円を抜き取つて強取するとともに、同女の右脱出に際し同女をして路上に転倒するに至らせ、よつて、同女に加療約一週間を要する頭部打撲、右膝部挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

なお、弁護人は、強盗致傷罪が成立するためには傷害の結果は暴行行為から生じたことが必要であるから、本件の如く暴行があつたと言えない事案においては、強盗致傷罪は成立しない旨主張するので、この点について判断する。

刑法二四〇条前段の強盗致傷罪は、傷害の結果が強盗の手段たる暴行から生じた場合に成立するのはもちろんであるが、これに限らず、強盗の手段たる脅迫により被害者が畏怖し、その畏怖の結果傷害を生じた場合にも、強盗致傷罪の成立を否定すべき理由はないと解するのが相当であるところ、前掲各証拠によれば、被告人が判示の如く、本件乗用車内の甲山花子に対し、その右脇腹付近に所携の果物ナイフを突きつけ、「静かにしろ」、「騒ぐと殺すぞ」等と申し向けて脅迫したこと、更に同車を発進させた後も右ナイフを助手席とその上の敷物との間に柄を自己の方に向けて被告人においていつでも取り出せるように差し込んだ状態におき、同女に「金を出せ」等と申し向けて脅迫したこと、その結果同女において反抗を抑圧され、このままではどこかに連れて行かれて殺されるかも知れないと畏怖、狼狽し、被告人からのがれるためには同車より脱出する外に手段はないと考えるに至り走行中の同車助手席側のドアーを開け、飛び降りて車外に脱出し路上に転倒したことにより同女に判示の傷害の結果が生じたことが認められ、右認定の各事実を総合すると、本件における同女の傷害は被告人の脅迫により同女が畏怖したことに起因するものであることが明らかであるから、強盗の手段たる脅迫によつて傷害の結果を生じたものとして強盗致傷罪の成立を認めるのが相当である。

従つて、弁護人の右主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二四〇条前段に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち四〇日を右の刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、強盗致傷の事案であるが、その罪質が重大であるばかりでなく、その態様も買物帰りの主婦に対し、狭い乗用車内で所携の果物ナイフをその右脇腹付近に突きつけて脅迫するという悪質・危険なものであること、その結果被害者においてどこかに連れて行かれて殺されるかも知れないと極度に畏怖、狼狽し、自らの身を守るためには、走行中の同車内から飛び降りる外手段はないと考えるに至り走行中の同車から飛び降り脱出し路上に転倒したことにより判示の傷害を負つたものであること、本件は計画的犯行であること、被告人は本件犯行に用いた刃物等を犯行後川に投棄することにより証拠を隠滅していること、被害者が厳罰を望んでいること等の諸事情に鑑みると、被告人の刑事責任は重大であると言わなければならないが、他面、被害者の負つた傷害は比較的軽微であること、被害金額も二六〇〇円と僅少であること、被告人の妻において被害者に対し、若干ではあるが被害の弁償、慰謝をなしていること、被告人には、昭和二九年言渡の窃盗罪で服役した以外に懲役前科はなく、以降経営していた会社が倒産するまでの三〇年間近く正業に就き、真面目な社会人として生活をしてきたこと、被告人は現在では本件犯行を反省していると認められること等被告人にとつて有利な諸事情も認められるので、酌量減軽のうえ、主文のとおり量刑した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官池田久次 裁判官谷 敏行 裁判官髙橋 裕)

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